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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1133号 判決

控訴人 ジエームス・ダブリユー・ボズウエル商会ことジエームス・ダブリユー・ボズウエル

被控訴人 新野村貿易株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、野村貿易株式会社と被控訴会社とは同一法人であると述べ、控訴代理人において、右事実は認める。なお昭和二十六年八月中被控訴人と控訴人間の同年六月二十一日附オーバー、リム、スパウト(磨き真鍮蛇口)一万個の取引が被控訴人の期間内船積不履行により合意解除された際本訴請求代金についても請求しない旨の合意が成立したと述べ、被控訴代理人において、右控訴人の主張事実を否認したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

当事者双方の提出援用した証拠方法及びこれに対する認否は、被控訴代理人において、当審における証人大島貞男の証言を援用し後記乙号証中第十号証の一ないし三の成立は認めるが爾余の各号証の成立は不知と述べ、控訴代理人において、乙第六ないし第九号証、第十号証の一ないし三を提出し、当審における証人河野澄雄、大和秀雄の各証言及び控訴本人尋問の結果を援用したほか、原判決事実の部記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一、野村貿易株式会社と被控訴会社とが同一法人であつて、被控訴会社が商品の売買並びに貿易事業を目的とする株式会社であり、控訴人がアメリカ国籍を有し外国貿易を業とする商人であること、被控訴会社が昭和二十六年五月十九日控訴人との間に水道用ドレインコツク四万個を代金一万一千百弗(単価〇、二七3/4弗)日本港甲板渡し、代金支払時期は船積と同時、代金支払は米弗を以てする旨の約旨で売買契約を締結したこと、被控訴会社が昭和二十六年五月二十一日控訴人よりチエイスナシヨナル銀行東京支店を通じ米国フイラデルフイヤーの訴外カマージ貿易商会勘定の控訴人を受益者とする米国フイラデルフイヤーのフイラデルフイヤー、ナシヨナル銀行発行信用状第六四二一号の移譲を受け、同年六月四日ドレインコツク五千個を右カマージ貿易商会宛船積を了し、その代金千三百八十七弗五十仙を右信用状により支払を受けたこと、被控訴会社が同年七月二十七日控訴人よりニユーヨーク、ナシヨナル、シチー銀行を通じ米国ニーヨーク市にあるダースト製造商会勘定の控訴人を受益者とする同市のニユーヨーク、ナシヨナル、シチー銀行発行信用状第九三九〇〇〇号の一部の移譲を受け、同年八月三十一日ドレインコツク三万五千個を右ダースト製造商会宛船積を了し、同日右信用状により七千五百二十五弗の支払を受けたこと、本件取引が外国為替及び外国貿易管理法により通商産業大臣の承認を要する外国貿易であることは当事者間に争がない。

二、ところで、売主を被控訴会社とする本件取引においてドレインコツクの買主が前記カマージ貿易商会、ダースト製造商会であるか控訴人自身であるかについて当事者間に争があるから、判断する。

控訴人はまず日本に在住する外国人バイヤーは概ね商法上の代理商であつて、控訴人もその例に洩れるものではない旨主張し、控訴人が在日外国人バイヤーなることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一、第八号証、乙第十号証の一、当審における控訴本人の供述によりその成立を認め得る乙第六号証にはいずれも控訴商会をセンター、ブラス、プロダクツ、コーポレイシヨンのエゼンツと表示記入せられあり、また当審における証人大島貞男の証言及び控訴本人尋問の結果によると、控訴商会事務所の入口に掲げられた看板にも同様の記載のあることが認められるが、エゼントは他人のために現実に行動する人すなわち商法上の代理商問屋はもとより差配、給仕、使者等をも意味するから、右ヱゼンツの記入あることによつて直ちに控訴商会を商法上の代理商であると断ずるわけにはゆかない。しかも本件において、本件取引当時控訴人が前記カマージ貿易商会、ダースト製造商会と継続的、常嘱的関係に立つてその営業部類に属する取引の代理又は媒介をなしていたとの事実は控訴人提出援用にかかる全証拠によつてもまだ確認し得ない。したがつて控訴人の右主張は到底採用することができない。

更に、控訴人は、本件取引は信用状による外国貿易であつて、かかる取引においては、在外商社がその本国の一定銀行に在日外国人バイヤーを受益者とする信用状の発行を依頼し、かくして発行された信用状は在日外人バイヤーより日本商人に移譲され、それと同時に日本商人を売主、在外商社を買主とする売買契約が成立するものであり、本件取引においては前記信用状の控訴人より被控訴会社に移譲されたときに被控訴会社と前記カマージ貿易商会、ダースト製造商会との間に直接売買契約が成立し、控訴人は在米各商社の代理人にすぎないと主張するから、考えるに、本件取引が外国貿易であつて、控訴人より被控訴会社に対し控訴人主張のとおりの信用状の移譲のあつたことは前記認定のとおりである。しかして信用状なるものはその発行銀行がその名宛人すなわち受益者に対し発行銀行の在外取引先より信用状記載の金額の範囲内において金員の支払を受け得ることを授権した証券であつて、国際取引において利用せられるものであるが、本件取引において、信用状の発行を以て売買契約成立の停止条件としたことを認めることのできる証拠はなく、成立に争のない乙第五号証の三、五、原審における証人斉藤南平、原審及び当審における証人大島貞男の各証言によると、本件取引においては取引代金の支払方法を信用状によることとしたことが認められる。しかして取引代金支払の手段として信用状が移譲されるような場合に、該信用状の受益者が信用状発行依頼人の代理人となり、信用状譲受人と該発行依頼人との間に当然直接に売買契約が成立するというようなことを認めることのできる証拠はない。したがつて、本件取引において控訴人主張のとおり信用状が控訴人より被控訴会社に移譲されたことにより被控訴会社と前記カマージ貿易商会、ダースト製造商会との間に当然直接に売買契約が成立したものとは認めることができない。よつて控訴人の右主張も採用することができない。

そこで具体的に本件取引において控訴人が前記カマージ貿易商会ダースト製造商会の代理人として本件売買契約を締結したかどうかについて審究するに、前示甲第一、第八号証、成立に争のない同第四号証、乙第一号証、原本の存在並びにその成立に争のない甲第二、第三、第五号証、原審における証人斉藤南平、富張八五郎、エリス、ケイ、オーロウイツ、原審及び当審における証人大島貞男、大和秀雄、当審における証人河野澄雄の各証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和二十六年五月十九日買手が前記カマージ貿易商会であることを特に示さずに甲第一号証の購入注文書により被控訴会社に対しドレインコツク四万個及びボールコツク一万五千個の購入注文をなし、被控訴会社はこれを承諾し、同月二十一日控訴人より前記カマージ貿易商会勘定のフイラデルフイヤー、ナシヨナル銀行発行信用状第六四四二一号の移譲を受けて初めて本件物品の送荷先が前記カマージ貿易商会であることを知り、右移譲書の指示に従つてまずドレインコツク五千個を同年六月四日同商会宛船積を了し、同時にその代金千三百八十七弗五十仙を右信用状により支払を受け、その後残り三万五千個のドレインコツクを右信用状移譲書の満了期限たる同年七月二十五日までに船積を了する予定でその製造人たる訴外日の出工業株式会社に対し代金を前渡して製造に当らせていたところ、前記カマージ貿易商会より控訴人に対し本件ドレインコツクの船積中止を指令して来たので、控訴人は被控訴会社に対し残余のドレインコツクの船積を中止するよう申入れたところ、被控訴会社より船積を強硬に申入れたので、控訴人は同年七月十三日被控訴会社に対し右残余物品の船積を約し、その代金決済のため将来開かるべき新信用状記載の価格が前記信用状第六四四二一号記載の価格と差異ある場合はその差額は控訴人自身被控訴会社に支払うべきことを約し、その旨記載した甲第四号証の書面を作成してこれを被控訴会社に交付したこと、その後被控訴会社は同年七月二十七日控訴人より前記ダースト製造商会勘定のニユーヨーク、ナシヨナル、シチー銀行発行信用状第九三九〇〇〇号の一部の移譲を受けて初めて右三万五千個のドレインコツクの送荷先が前記ダースト製造商会であることを知り、右移譲書の指示に従つて同年八月三十一日ドレインコツク三万五千個(これは船積前控訴人の要求により製造人たる訴外日の出工業株式会社において1/4のパイプネジを一山増し並びにパツキングの部分を輸入品に取替える改造を加えた。)を右ダースト製造商会宛に船積を了し、同時に右信用状により七千五百二十五弗の支払を受けたこと、並びにボールコツク一万五千個の売買契約は昭和二十六年十月中控訴人、被控訴人間の話合いで解除されたことを認めることができ前示証人エリス、ケイ、オーロウイツ、大和秀雄、河野澄雄の各証言及び控訴本人の供述中右認定に反する部分は信用しない。

のみならず、成立に争のない乙第五号証の三、五、原審における証人エリス、ケイ、オーロウイツの証言、同証言によりその成立を認め得る乙第二、第三号証、原審及び当審における控訴本人尋問の結果によると、本件取引に関する連合国最高司令部に対する輸出認可申請は控訴人よりなされているが、申請書中のバイヤー(買主)欄に一は被控訴会社が(乙第五号証の三)、他はセンター、ブラス製造会社が(乙第五号証の五)がそれぞれ記入されていて、右記入は控訴人の主張するところと全く相反すること、並びに前記カマージ貿易商会は同商会に送荷された本件ドレインコツク五千個に瑕疵があつてそのため二千七百八十七弗の損害を蒙つたとして昭和二十七年四月中控訴人に対しその賠償を請求し、控訴人は右金員を同商会に支払つたことをも認めることができる。以上認定したところによれば本件ドレインコツク四万個の売主は被控訴会社、買主は控訴人であつて、前記カマージ貿易商会、ダースト製造商会は右物品の在外荷受人にすぎないものと判断せざるを得ない。

尤も成立に争のない乙第五号証の二、四によると、本件取引に関し被控訴会社より通商産業省に提出された輸出認可申請書中のバイヤー(買主)の氏名住所欄に一は前記カマージ貿易商会が(乙第五号証の二)、他は前記ダースト製造商会が(乙第五号証の四)それぞれ記入され、また買主の在日エゼントの氏名住所欄にいずれも控訴商会が記入されていることが認められるが、原審における証人斉藤南平、原審及び当審における証人大島貞男の各証言によると、本件取引当時は被控訴会社その他の商社が在日バイヤーと輸出取引をする際は在日バイヤーより本件の如き信用状の移譲を受け、これによつて容易に通商産業大臣の輸出承認を得ていたところから、手続上の便法として信用状の記載に合せて形式的に商品の在外送荷先を買主欄に、在日バイヤーの名を買主の在日エゼント欄に記入していたため、被控訴会社は本件取引に関し前記のような記入をなしたことを認めることができるから、この輸出認可申請書の記入によつて直ちに前記認定を覆えすわけにはゆかない。

三、控訴人は本件ドレインコツク四万個の売買契約は昭和二十六年七月十三日控訴人、被控訴人間で合意解除された旨抗弁するけれども、その理由のないことは上来認定説示したところによつて明らかであつて、すなわち売買契約それ自体にはなんの変化もなく、ただ本件物品の送荷先及び代金支払方法において変更があつたにすぎないのである。尤も前示甲第八号証によると、前記信用状第六四四二一号による船積未了の本件ドレインコツク三万五千個について控訴人より昭和二十六年七月二十四日被控訴会社に対し代金合計七千五百二十五弗(単価二一、五仙)その他の条件前記甲第一号証と同様の購入注文書が出されていることが窺われ、これと前記認定の右ドレインコツク三万五千個について製造人たる訴外日の出工業株式会社で改造を加えた事実とを合せ考えると、最初のドレインコツク四万個の売買契約が解除され、新たな売買契約が右ドレインコツク三万五千個について成立したかのように見えるけれども、原審における証人斉藤南平、原審及び当審における証人大島貞男の各証言によると、右ドレインコツク三万五千個は同年七月二十七日控訴人より被控訴会社に移譲された前記新信用状第九三九〇〇〇号によつて輸出することとなつたため、新たに輸出認可申請をなすに必要な書類として被控訴会社が控訴人より右購入注文書を受取つたにすぎないことが認められ、且つ一定の商品について売買契約が成立した後に買手の要求によりその商品に部分的改造が行われることは通常あり得ることであるから、前記認定の事実によつて直ちに本件ドレインコツク四万個の売買契約が解除されたものと断ずることはできない。

四、以上の認定によれば、被控訴人の予備的主張及びこれに対する控訴人の主張について認定判断をするまでもなく、控訴人は被控訴人に対し本件ドレインコツク四万個の売買残代金二千百八十七弗五十仙(外国為替及び外国貿易管理法に基く昭和二十四年十二月一日大蔵省告示第九七〇号により一弗三百六十円の割合で邦貨に換算すると金七十八万七千五百円となる。)及びこれに対する被控訴人が右物品の船積を了した日である昭和二十六年八月三十一日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものである。

五、控訴人は右代金債務は控訴人の被控訴人に対する本件ドレインコツク五千個の隠れた瑕疵により控訴人が蒙つた二千七百八十七弗の損害賠償請求権と相殺され消滅した旨抗弁するが、原審及び当審における証人大和秀雄の証言及び控訴本人尋問の結果によると、控訴人が右物品に隠れた瑕疵のあることを知つたのは昭和二十六年七月十五日頃であることが認められる。ところで控訴人がその後遅滞なく被控訴人に右瑕疵のあることの通知をなしたことは、この点に関する右証人大和秀雄及び控訴本人の各供述は信用することができず、ほかにこれを認めることのできる証拠はない。しかも記録によると、控訴人は昭和二十七年八月二十七日附準備書面により同年九月二十六日の原審口頭弁論において相殺の意思表示をなしていることが明らかであるから、爾余の判断をまつまでもなく控訴人の右抗弁は理由がない。

控訴人は、更に、昭和二十六年八月中被控訴人と控訴人間の同年六月二十一日附オーバー、リム、スパウト(磨き真鍮蛇口)一万個の取引が被控訴人の期間内船積不履行により合意解除された際本件売買残代金についても請求しない旨の合意が成立した旨抗弁するから、考えるに、成立に争のない乙第十号証の一ないし三、当審における証人河野澄雄、大和秀雄の各証言及び控訴本人尋問の結果によると、昭和二十六年八月末頃被控訴人と控訴人間の同年六月二十一日附オーバー、リム、スパウト一万個代金三千四百弗の取引が被控訴人の期間内船積未了により合意解除されたことは認められるが、その際本件売買代金についても請求しない旨の合意が成立したとの事実については、これに副う右証人河野澄雄、大和秀雄及び控訴本人の各供述は当審における証人大島貞男の証言と対比してたやすく信用することができず、ほかに右事実を認めることのできる証拠はないから、本抗弁も採用することができない。

六、以上の次第により、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであるから、これと同旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

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